2011年10月9日日曜日

セクシュアリティの個人化ということ

セクシュアリティ研究、ことに人文・社会科学分野におけるセクシュアリティ研究の困難について、私はその昔『挑発するセクシュアリティ―法・社会・思想へのアプローチ 』という本に収められている論文風味のエッセイの中で書いたことがある。

詳しいことは直接読んでいただくのが一番だが、要するに現代では一概に「セクシュアル・マイノリティ」と言ったところで、その内実は多岐に渡るために十把一絡げな形で言及することは難しいということだ。「ゲイ」「レズビアン」「トランスジェンダー」といっても、その性の在り方は多様で単純化することはできない。

また、セクシュアル・マイノリティの政治の本質がアイデンティティの政治である限りにおいて、今もXジェンダーというアイデンティティが誕生しつつあるように、既存のアイデンティティ・カテゴリーに多種多様な性を還元して済ませることはできない。

このようなセクシュアリティの在り方を、私はそのエッセイの中で「セクシュアリティの個人化」と呼んだ。

そのエッセイを書いたのは今から4年ほど前のことになるが、今から思うと、この議論は多分に都市的文脈の中でのみ通用するものなのだろうと思う。私は田舎の出身なので田舎の事情を知らないわけはないのだが、日本におけるセクシュアリティの問題を考えるとき、非意図的に東京の事例のみを参照してきていた。というよりも、セクシュアル・マイノリティが十分に可視的であるのはやはり東京くらいなもので、やはりここにも「困難」はあるのだ。

と、今このような反省を書いているのは何故かというと、この3月に起こった東日本大震災と、その後の避難所におけるセクシュアル・マイノリティの不可視化の問題があったからだ。

現在私は思うところがあって、セクシュアル・マイノリティに関する社会運動にコミットしている(レインボー・アクションという団体だ)。そして、この団体の主催で、今年の5月に「被災とセクシュアル・マイノリティ」というイベントを行った。

このイベントは、東京やその近辺の住人が東北地方の被災地のセクシュアル・マイノリティに対してどのような支援を行うことができるのか、ということを考え議論するもので、仙台のゲイ・コミュニティの被災者や、東北地方の当事者団体の方などを招いて報告などをしていただいた。

そのときに浮かび上がったのは、東北地方のクローゼットの強固さであった。被災者の中にセクシュアル・マイノリティがいることは確実ではあるけれども、当事者はたとえ支援が必要だと思っていたとしてもバレることを恐るために、支援団体に対して直接的に声を届けることができない。

今回、震災を通じて「絆」という言葉や「つながり」という言葉がとてもクローズアップされ、避難所でのコミュニティ形成についても注目が集まってきたが、しかし、それは一方では既存のクローゼットの構造が、そのまま避難所においても維持されるということを意味していた。また、たとえば避難所での食事の支度の負担がすべて女性にのしかかるといった光景も見られ、既存のジェンダー秩序が避難所でも反復されることとなった。

では、なぜセクシュアル・マイノリティやジェンダー不平等の問題が、避難所などで不可視化してしまったのか。

「それは普段からそうしたことが問題とされてこなかったからである」というのが、一つの答えだ。

地域において、普段からセクシュアル・マイノリティが不可視化され、その知識を地域の人々がまるで持っていなかったら、災害時においても配慮されることはない。あるいは普段からジェンダー不平等の問題について地域があまり関心を寄せてこなかったことが、災害時のジェンダー秩序の再生産へとつながっている。今回の震災において、セクシュアル・マイノリティやジェンダー不平等の問題は、それこそ「想定外」のことだったのだろう。

だとすると、今後の災害に備えて社会運動として行われるべきことは何か、その答えははっきりしている。まずはとにかく情報を流すことだ。セクシュアル・マイノリティについての情報を知ってもらい、その存在を認識してもらうという、そんな初歩的なところから始めていかなければ、今回起こったような問題はちっとも解決していかないだろう。

ところで、地方におけるクローゼットの問題は私がエッセイで書いた個人化の問題と無関連なのだろうか。

私はそうは考えていない。後期近代の作用である個人化の過程は現在被災地となっている地域でも生じていたのではないか。そしてそれが独特な形態のクローゼットを形成しているのではないか。パソコンやスマートフォンを通じて「出会い」が手軽に行えるようになる一方で、セクシュアリティは地域社会とは無関連なものとして、個人個人の身体に地域から切り離されて存在している。

このあたりのことは、まだ漠然としか考えられないが、今後も取り上げていきたい。

0 件のコメント:

コメントを投稿